手習3 浮舟、出家する
横川の僧都(よかわのそうず)が宮中から呼び出しを受けたので、比叡山を降りて来ました。その途中、浮舟がいる山荘を訪ねます。
浮舟、(これはいい機会だ)と僧都に出家を頼みます。
僧都は「まだお若いあなたが、どうしてそんなに固い決心をされたのですか」と尋ねます。
「私は幼いころから苦労が絶えず、母親も尼にして育てようかと考えていたようです。まして今はその思いが強くなっています」
「それでは宮中から戻りましたら」と僧都は言いますが浮舟は(その間に、私を世話してくださる尼君が帰ってきてしまう。そうしたら尼君は私の出家を反対するだろう)と思い、「やはり今日は良い機会だと思います」と再度お願いします。
僧都は浮舟の決心の固さを感じ、浮舟を出家させました。
出家の願いを叶えた浮舟は胸がホッとする思いです。
何か思いがあふれる時は文字にして気持ちを落ち着かせます。
「死んでこの世を捨ててしまおうとしたけれど、出家という形でまたこの世を捨ててしまった」などと書いています。
お参りから帰って来た尼君は、浮舟が出家した姿になっていて、ひどく悲しみます。
「私が生きている間はあなたを大切にしていこうと思っていましたのに...」
当時の出家は社会的な死でしたので、尼君は泣いています。女房たちも、どうして僧都は浮舟さまの出家を認めたのかと僧都を恨みます。
でも、出家を遂げた浮舟は熱心にお経を読み、尼としてしっかりと歩み始めました。もう気持ちが晴れ晴れとしたので、時には尼君と冗談を言ったり、囲碁を打ったりしています。(続く)
手習2 もう恋愛はこりごり
浮舟を助けてくれた尼君には娘がいましたが、若くして亡くなっています。その娘には婿がいて、今でも時折尼の家を訪ねています。
ある日、その婿が訪ねて来た時に、偶然浮舟を見かけました。(出家した人しかいないこの家に、髪の長い女性がいるとは)興味を持った婿は浮舟に恋文を送ります。
尼君に仕える女房たちは(婿殿は妻が亡くなってもまだこちらを訪ねてくださる。同じ事なら、浮舟さまと一緒になってくれれば)と乗り気になっています。
しかし、恋愛にはもう嫌気がさしている浮舟。気分が悪いとか、下手な筆跡を見られたくないとか言って返事をしません。
9月になって尼君は初瀬にお参りに出かけますが、浮舟は出かけません。その間に婿が訪ねて来ました。
「今日くらいは、顔は会わせずとも、お声くらいかけて差し上げでは」と女房たちは言いますが、浮舟は尼君の母が寝ている部屋へ逃げこんでしまいました。
つくづく浮舟は思います。
実の父親から娘と認められず、長い間地方で暮らし、やっとお姉さまの中の君に会えたと思ったら、不本意に縁が切れてしまった。
薫さまと出会って、やっと不運な身の上から抜け出せると思ったら、匂宮さまに見つかってしまって...そして、流れ流れて今はここにいる。
なんで匂宮さまの甘い言葉にときめいてしまったのかしら。宮への思いが冷めてしまったようです。
やっと朝がきてくれて、ほっとする浮舟です。(続く)
手習(てならい)1 生き返った謎の女は...
その頃、比叡山に横川の僧都(よかわのそうず)と呼ばれる尊いお坊さまがいました。3月に母の尼と妹の尼を連れて長谷寺へお参りに行った帰り道、母の尼が具合を悪くしたので、宇治で泊まることにしました。
すると、宿泊した所の森に白いものが広がっています。よく見れば、若い女です。
「狐か何かが化けているのではないか」と人々は騒いでいます。僧都もお出でになって見て見ました。「これは間違いなく人だ。死人を捨てたのが生き返ったのかもしれない」とりあえず家の中に入れました。
謎の女の話を聞いた妹の尼は「きっと長谷寺の観音さまが、亡くなった娘の代わりとして授けてくださったのだ」と自ら女を介抱します。
女は、やっと目を開けたと思ったら「生きていても仕方ない身の上です。夜にこっそり、川に投げ込んでください」と不吉なことを言うだけ。その後は目を開けず、かといって死にもしない状態です。
僧都一行は、女を連れて比叡山に帰りました。女は、僧都の妹の尼が住む小野の里で看護を受けています。
4月、5月と過ぎましたが、女の容体は変わりません。もしかしたら、もののけ(悪い霊)がついているのではと祈祷をしてみると、もののけが他の人に乗り移って語り始めました。
「我は生前は法師だったが、恨みを残して死んだため、この世をさまよっていた。その時、美しい女たちが住まう辺りに住み着いたのだ。女たちのうち、ひとりは命を奪った。この女は自ら死にたいと言っていたので、ある暗い夜にさらったのだ。しかし、この女は観音の護りが強く、また、僧都の力にも負けた。退散しよう...」
もののけが去っていくと、女は意識を回復しました。ここはどこかしら。知らない人ばかり...
なんとか思い出して「私は、人生は終わったと身投げした者です」と言います。この女、行方不明になっていた浮舟(うきふね)でした。
死のうと思っていたのに生き返ってしまったなんて...「元気になってよかった」と喜ぶ妹の尼たちに「私を尼にしてください」と浮舟は申し出ます。
そんな、あなたのような若い方を尼にするなんてできません。どちらからいらっしゃったの?そう尋ねられても浮舟は答えません。
「意識を失っている間に忘れてしまいました。はっきり思い出せません。私が生きていることを、誰にも知られたくありません」浮舟はそう言うだけです。(続く)
蜻蛉4 恋の喪失感を埋めるには
最近薫は、匂宮の母の后に仕える小宰相(こざいしょう)の君という女房と親しくしています。
この小宰相の君、匂宮も狙っていたのですが、匂宮は女好きと分かっている小宰相の君は匂宮を突っぱねました。
后は薫と小宰相の君の関係を知って「匂宮の困った癖を知っているのね」と微笑んでいます。
すると、ほかの女房が后に話します。
「最近、薫さまが亡くされた方は、匂宮さまの奥方の腹違いの妹だそうです。その妹に、匂宮さまがこっそり通われていたそうです。妹は板挟みになったあげく、姿を消してしまいました。川へ身投げしたらしいと仕える者たちが嘆いていました」
なんということかしら...后は驚いています。
一方、匂宮は新しい恋に走っています。最近評判の、宮の君(みやのきみ)という女性に熱心になっています。
ただ、宮の君は浮舟といとこにあたるので、もしかしたら浮舟に似ているかもしれないというので、熱心な一面もあるようです。
薫は小宰相の君との付き合いはありますが、宇治の女性たちの事を忘れることはありません。
宇治の女性たちと自分は、なんとも辛い縁だった。そこにいると思っても手に取る事はできず、見えたと思えばすぐに消えてしまう蜻蛉のような縁だった...
次回から新しい章に入ります。
蜻蛉3 薫と匂宮、真相を知る
浮舟がいなくなった事がまだ夢ではないかと思う匂宮。葬式も、なんで急いで行ったのか分からず、女房の侍従(じじゅう)を屋敷に呼びます。
そこで知ったのは、浮舟が薫と匂宮との三角関係に悩み、川へ身投げしたらしいということ。いったいどんな覚悟で川へ入ったのか...どこかで、そんな覚悟があることに気がついていればと胸が痛みます。
一方、薫は宇治へ行き、女房の右近に浮舟の生前の様子を問いただします。
薫も、浮舟が川へ身投げしたらしいと聞いて驚きます。
「なぜ、浮舟はそんなことをしたのだ。今さらこんなことは言いたくないが、匂宮とのことが関係しているのではないか。言え。私に隠すな」
薫さま、匂宮さまが浮舟さまと男女の仲ということをご存じなのね...
とは言うものの、真相を話すのをためらった右近は「2月頃から匂宮さまから手紙をいただくようになりました。恐れ多いので一度か二度お返事を差し上げましたが、それ以上のことは知りません」と答えます。
薫もそれ以上は追及しませんでした。
宇治はなんと嫌な土地なのか。浮舟の遺体すら探さず、情けない別れになってしまった。今、浮舟はどこの川底にいるのか...
薫はせめて、浮舟の法要だけでもきちんとしたいと世話をします。
それを聞いて驚いたのが、浮舟の継父の常陸介(ひたちのすけ)。浮舟の母は、浮舟が都に迎えられたら話をしようと思っていましたが、もう隠していても仕方ないないので、浮舟と薫との関係を話します。
「亡くなったのはまことに残念だ」と泣く常陸介。今まで浮舟を継子扱いしてたのに、今さら家族ヅラをしています。(続く)
蜻蛉2 匂宮と薫の反応
匂宮は、浮舟からの手紙の内容を不信に思い、宇治に使者を送ったところ「浮舟が亡くなった」と知らせがきました。
「おかしい、ひどい病気を患っていたという話は聞いてないぞ...」匂宮は今度は腹心の従者を宇治に向かわせます。
従者は女房の侍従(じじゅう)に会いますが、侍従は「思いがけないかたちでお亡くなりになって、皆が夢ではないかと思っています。喪の期間が過ぎてから、またお越しください」と返事をします。悲しい内にも、まさか浮舟が失踪したとか、川に見投げしたかもしれないことは隠しています。
一方、薫は石山寺にお参りに行っていたところに、浮舟が亡くなったという知らせを聞きました。葬式も簡単に、急いで行ったと聞いて驚きます。
かつて愛した大君(おおいぎみ)に続けて浮舟も亡くなってしまった...
宇治はなんと嫌な土地なのだろう。鬼でも住んでいるのだろうか。あんな所に浮舟を放置しておくのではなかった。放っておいたから、匂宮も気安く近づいて来たんだ。
薫は自分のうかつさを悔やみます。
匂宮は匂宮で、浮舟が亡くなったと聞いて、2、3日経っても魂が抜けたような状態で、流し続けた涙がやっと収まった様子。周りの人は「何か悪い霊のしわざだろうか」と心配します。
お見舞いの人が沢山訪れる中、薫も行かない訳には行かないので、匂宮を訪ねます。
薫は最近、叔父を亡くしたので喪服を来ています。それがなんだか浮舟のためのようにも見えます。
「大した病ではないが、世の中は無常だと心細くてね」と涙をこぼす匂宮。薫が落ち着いているように見えて「浮舟の事は知っているだろうに、世の中の無常を知っている薫はこうも冷静でいられるのか」と思います。
薫は(匂宮は浮舟の事でふさぎこんでいるんだ)と推察します。
いろいろ世間話をしている中、こらえられなくなって薫は語ります。
「実は、亡くなった宇治の大君の姉妹にあたる方がいると聞いて、宇治で世話をしていました。その人があっけなく亡くなってしまいました...」
薫は初めて涙を流します。
匂宮「ちらっとそんな話を聞きました。どうお悔やみ申し上げればいいかと思っていました。」
薫「何かの機会に、あなたのお目にかけようかと思っていた人です。あなたの妻の、中の君の妹にあたる方ですから」←ちょっと匂宮に当て付けています。
「つまらない世間話をしました。どうぞお大事に」薫は帰ります。(続く)
蜻蛉(かげろう)1 パニックの宇治
浮舟(うきふね)さまがいない!
宇治の人々はおろおろしています。誰かに連れ去られてしまったのだろうかとパニックになっています。
浮舟の母からも「不吉な夢を見たので気がかりです。先に送った手紙の返事も届かないし、どうしたのですか」と手紙がきます。
そんな中、女房の右近と侍従(じじゅう)は、浮舟の遺書と思える手紙を見つけます。
薫と匂宮(におうのみや)との三角関係に浮舟が悩んでいたことを知る二人は(浮舟さまは川に見投げしてしまわれたか...)と嘆きます。
心配になった浮舟の母は自ら宇治にやって来ました。
右近と侍従は(どうしてこんな事になったと、みんながあれこれうわさをしたら浮舟さまの為にならない。せめて母上には事実を話そう)と決心します。
「実は、浮舟さまがここにいる事を匂宮さまに知られてしまい、二人は男女の仲になってしまったのです。浮舟さまはその事をたいそう悩んでいらっしゃって...」
浮舟の母は呆然とします。それでは、娘は川に見投げしてしまったのか...
せめて遺体だけでも見つけて、ちゃんと葬儀をしたい。母は言いますが、もはや浮舟さまは大海原の彼方だろうと右近たちは言います。
とにかく、浮舟に対する変なうわさが流れるのは本人の為にならない。ということで、浮舟の寝具や身の回りの品を車に詰めこんで、いかにも遺体があるかのようにして、急ぎ火葬を行いました。
また、下人たちにも、葬儀の様子を見聞きした者には固く口止めして、何も見ていない者には何も知らせない徹底ぶりです。
都の人は、決まった作法もしないで葬式をするのだろうか。地元の下人たちは首をひねっています。(続く)